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競馬のバージョン

日記が、どうしてこんな憂欝な出だしで始まったかというと、この日、9レースまでやって全敗しているのだ。
2人の勝負録初の回収ゼロ。 Tの馬読み日記は、この間も延々と書かれている。
そして定期的に局長に渡されている。 3月 日を合め、ここまでの日記は地獄行きの心の準備が延々と書かれているのだ。
しかも馬読み日記によれば、Tはこの間にも公営に行って、馬読みは的中していても、結果的に馬券でネタをなくしてしまっている。 局長としては、一度乗りかかった呉越同舟のTとの勝負関係。
飽きたからと行って、あっさり手を引くわけにはいかない状況なのだ。 「勝負をするからには腰を引くな」とは馬読みの掟のひとつだが、この頃の局長はすでに、この大きな勝負の流れから腰を引き始めていたように思える。

この後も勝負は続いて行き、金銭的には一進一退を繰り返すが、バランスを失った舟は元の姿勢に戻ることはなく、結局、5月4日(土)をもって『馬読み入門日記』は終了している。 トータル収支はプラス242万7000円となっている。
Tへの謝礼も含めた様々な経費を考えれば、局長にとってはプラスとはいえ、ほとんどチャラと言っていい金額だろう。 こうして馬読みの神様ギャンブラー・Tと、類い希なる気っ風を誇った異色のギヤンプラー・Sの勝負は終了した。
またもやってしまった、S、痛恨の「競馬場間違い」をするはずがドツポにはまってしまった.Tからすれば、Sが到着するまでの間に勝負レースがあったのが悔やまれる。 一連の流れを追っていくと、好調の時ほど慎重にいかなければ、ということが教訓として感じられるし、失敗するべきところは必ず失敗し、さらに、そこからはい上がるのも難しいのが分かる.。
この日のメインレース鴎国民事会杯/オースミタイクーン、ギヤンプラー・Tにとっては毎日が勝負なのだ。 また、一般的に言うと、収支がマイナスだったから「負け」とか、プラスだったから「勝ち」ということになるのだが、彼の世界では、数字的な勝ち負けなどどうでもいいのである。
ここぞ、という勝負で勝ち続けていく。 これぞギヤンプラーの正しい姿なのである。
どの勝負がよくて、どの勝負が悪いではなく、すべての勝負が連鎖的につながっている。 その中でも、ポイントとなる勝負場面では、絶対に外さない。
これまでにも説明してきたことだから今さらこと細かく解説もしないが、とにかく、Tにとって、勝負のポイントでの負けは「地獄」なのだ。 実際、負けて路上生活者に舞い戻った日もあるのだから、これは大袈裟な表現ではない。
Tの勝負の場面をナマで感じてもらうために、なるべくぼくが実際に見た勝負場面を紹介していきたい。 基本的に、ここで学んで欲しいのは、ギヤンプラーの心理だ。

馬読みの技術的なテクニックも多少は登場してくるだろうが、それも彼の心理とセットで感じてもらわなければ意味はない。 これまで書いてきた馬読みの技術的なテクニックも、本当のことを言えばあまり意味のないことなのだ。
このギャンプラー心理こそ、馬読みの本質なのだから。 繰り返し言うことだが、馬読みに関しては、技術的なノウハウを覚えても、勝てる保障など、どこにもない。
ここで紹介していく、Tの勝負録こそ、馬読みのすべてなのである。 実際、技術的にはかなり上達したと、勝手に思い込んでいるだけかもしれないが)ぼくの馬読み技備も、Tが雇えた瞬間」の前では、赤子も同然。
まったく歯が立たない。 ぼくがまったく無視した馬2頭をチェックして「全財産勝負」宣言されたときは「やはり、バス・トイレ付き2DKのマンションで、家族と共にぬくぬくと生活している人間には絶対に真似できない神業だ」と、心底脱帽したものである(もちろん、レースはその2頭で決まった)。
本格的に馬読みをマスターしたいならば、これから紹介していく勝負録を隅々まで読んで欲しい。 そして、本物のギヤンブラーが何を考えているかを感じ取って欲しい。
勝負に対する執念、人間としての生命力がそもそも違うのだから、Tに完全に成りきることは出来ないだろうから(ぼく自身は、Tは宇宙人だと思い込みたいくらいだ)錯覚でもいいのだ。 「私はTに近付いた」と錯覚できるくらいにギヤンブラーの思想を受け継ぐことが出来れば、それだけで、少なくとも今よりは馬券がうまくなると思う。
塑最の腕利T「馬読み」勝負の神髄1996年8月4日に受け取った手紙を紹介したい。 この約1ヶ月前、7月9日に初めてTと一緒に競馬場へ行った。
場所は、公営・浦和競馬場。 同行したのは競馬王編集部のM。

目的は、Tを担当することになったぼくとMだったが、2人とも馬読みの現場を見たことがなかったからだ。 編集部は、当初『馬読み日記』だけで構成しようと考えていたが、その膨大な技数と、専門的な臭いの強すぎるギャンブラー独特の手記に戸惑って、急速、ルボ形式に変更したらしい。
いきなり担当になった2人は「とりあえず馬読みとやらを見せていただきたい」と、Tに申し出る。 その頃は、まだTのことも馬読みのこともほとんど知らなかったから、そんな気安いことが言えたが、今考えると冷や汗ものである。
基本的に、Tは人に見せるためにギャンブルをやっているわけではない。 ぞれが若造2人からの「競馬場行きましょうよ」の申し出である。
普通ならここで激怒して終わりなのだが、相手はスポンサーであるSの紹介だ。 むげに断るわけにはいかない。
馬読みをやる精神状態としては、かなりマイナスである。 しかもJRAが新調開催中であり、ナマで馬を見られる場所は公営しかなかった。
さらに悪いことに、浦和勝負の朝、ぼくは遅刻した。 「キャンプラーたる者、1分1秒も遅刻してはならない」とTが言う意味は、単に「馬がパドックに顔を出した瞬間から競馬は始まっている」というだけに留まらない。
生死を賭けた勝負に「寝坊しました」では、戦う前から気持ちで負けているといった意味も含まれている。 待ち合わせの喫茶店に約1時間遅れで到着し、一緒に競馬場へ行き、なんとか第1レースのパドックには間に合ったが、ぞれがTの勝負感を狂わせたのは確実だった。
この辺の事実関係に関しては、ぼくが競馬王に書いた記事があるので、それを転載しよう。 Tではないが、当時の状況を知るには、ナマの原稿が一番だ。
記事に書いたのは、この浦和勝負から、約1ヶ月後に福島の代替で開催されていた中山競馬場での2日間の勝負である。 浦和で5連敗、中山の土曜日に5連敗したあと、日曜日の第1レースに「全財産勝負」宣言が出る。

初めて馬読みの凄さを目の当たりにした瞬間だった。 ちなみにこれは、あくまでTと馬読みを知って1ヶ月余りの「素人ギャンプラー」の記事であることをお断りしておく。
Tの心理状態を読む部分に関して、今読み返してみると明らかに間違っていると思われる部分もあるが、ナマ感覚を大切にする意味で、そのまま転載する。 この記事が出た直後、多くの競馬仲間から「あれ本当?」とか「実在する人物なの?」などと散々言われたものだが、もしも出来過ぎだと思う読者がいたら、ぞれはあなたの周囲に凡人しかいないだけのことだと理解してほしい。
書いている人間か言うのもなんだが、Tという人物は、常識外れであり、つくづくドラマチックな人物なのである。

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